【短編小説?】彼の彼女


僕はカメラのファインダーを覗いている。数十人の参列者を、1枚の写真に収めるのに苦労した覚えがある。
礼服を着た男性たち。華やかな、明るい色のドレスを着た女性たち。センターには、僕の友人である新郎と、同じく友人である新婦。ウェディングドレスを着た彼女が、ひときわ目立つように、僕はピントを調整した。セルフタイマーも、三脚もない結婚式だった。
昔の話だ。デジタルカメラなんて存在していなかった。

青空で、いい天気だった。教会の外観は、よく覚えていない。足元に、ライスシャワーの残りがたくさん落ちていたことを覚えている。
じゃあ、3枚とるよ。僕は大きな声を張り上げた。
はーい、とファインダーの向こうで大勢の参列者たちが声を上げた。

そのときの写真が、今僕の手元にある。
写真には大勢の友人たちが嬉しそうに写っている。
当然ながら、僕はその中には居ない。



大学生のころ。
彼の家で飲み会をしていた時だったと思う。
俺、実は彼女と付き合ってんだよね、
と彼は言った。
「へえ、そう」
と僕は返した。薄々感づいてはいた。
あまり反応がない僕が気に入らなかったのか、彼は手元の酒を一口飲んだ。彼はずいぶんと酔っ払っていた。
「へえ、そうなんだ。いつから付き合ってたの?」
僕は言いなおした。聞いてやったほうがいいだろう。彼は酔っ払いなのだから。
彼は興が乗ったように、話し始めた。
1年のころ。授業で。目を付けてて。かわいいなーと思っていて。サークルで一緒で。初デートはあそこで……。

夜中のことだ。金曜だっただろうか。
お金のない僕たちは、安い酒を持ち寄って、夕食とつまみを作っては、安アパートで夜通し騒いでいた。ときたま、隣人から壁をたたかれては押し黙り、また騒ぎ始め……の繰り返しであった。

彼はチューハイ3本で出来上がってしまっていた。安上がりなやつだ。
そのとき、飲み会には何人か人が居たはずだ。が、終電で帰ってしまったり、そこのテーブルの下でつぶれていたり、どこかへ買出しに行ったりして、意識があるのは僕と彼だけだったのかもしれない。

彼は酔っ払って、ずっと彼女のことをノロケていた。
ノロケると言うか、うーん、なんというか、あまり表沙汰でテキストに書き起こせない、下品、というか、まぁ、そんなような話を、かれこれ僕は1時間以上聞いていた気がする。
僕が気取って飲んでいた、ロックの梅酒は完全に溶けていたし、グラスの周りについた水滴を、何回も何回も指の腹でなぞりながら、僕は彼の話を聞いていた。



私、実は彼と付き合ってるの。
と彼女は言った。
うん、知ってる。この前飲み会で聞いた。ちなみに、君の太もものきわどい所にホクロがあるのも知ってる。……という言葉を飲み込んだ。
「そうだったんだ。彼、優しい?」
僕は聞いた。
うん、ぶっきらぼうだけど、根はとっても優しくて……彼女は語り始めた。

彼と、彼女と、僕で、いろんなところに遊びに行ったことをよく覚えている。
よく覚えている。
あるいは、ほかの友人や、ほかのカップルが混じることもあったかもしれない。
とにかく、僕は彼と、彼女と、遊ぶことがとても多かった。

大学生の恋の話ではごくあたりまえのことだが、数ヵ月後、彼と彼女は別れた。
さらに数ヵ月後、彼は新しい彼女を作った。
同じように、彼と、彼女と、僕はいろいろな所に遊びに行った。あるいはほかの友人。いろんな人間を交えて……。

そんなことを、何回か繰り返した。
彼は、何回も何回も、恋人をとっかえひっかえした。彼は実に恋多き人間だった。
故に、僕は、彼の歴代の彼女のほとんど全員の顔見知りなのであった。



僕は彼の家に泊まることがとても多かった。
彼の家のソファーは、実家から持ってきたとかなんだとかで、僕の家のベッドより寝心地がよかった。
僕はよく、ソファーと壁の間に顔を突っ込んで寝た。「よくそんなんで寝られるな」と言われた。

とある、複数人での、飲み会のときだったと思う。
その当時の彼の彼女は、「終電だから帰らなきゃ」と、言った。飲み会の参加者は、はたして、全員が潰れていた。主催者である彼も、珍しく潰れていた。
駅までの道のりは暗かった。さらに、彼女は彼の家までの道に慣れていなかった。
僕は多少酒が入っていたものの、「じゃあ、駅まで送ろうか」と言った。

僕は一応、彼に確認を取った。××さん、帰るって。僕、送っていくから。大丈夫?それから僕、またここに戻ってくるよ。
帰ってきたのは、むにゃむにゃという彼の返事だった。
ということで、僕と、彼の彼女は、暗い夜道を、二人で歩くことになったのだった。

その時の彼の彼女は、酔っていなかったと思う。確か酒の弱い子で、飲み会にもかかわらず一滴もお酒を飲まなかったのだ。それなのに飲み会に参加するとは、よっぽど彼と一緒にいたかったのだろうか?
「最近、彼が冷たくって」
彼女はため息を漏らした。
「全然かまってもらえないの。今日だって、話しするのが久しぶりだったし……私、彼に振られるのかな」
「でも××さんは、彼のこと好きでしょ?」
僕は答えて言った。
「わからないの。もしかしたら、私、もう、彼のこと好きじゃないのかも、って」
暗闇の中で、彼女がこちらを見た気がした。

さて、ここで、僕の中に暗い欲望が生まれた。
これは寝取れるな、と言う、確信に近い感情であった。



僕は彼の歴代の彼女を見てきたが、彼の彼女にこういう感情を抱いたのは初めてだった。
肉欲や性欲ではない。もっと暗い欲望だ。
「この女を寝取ったら、彼は怒るだろうな」という、そこには愛も、恋も、欲すらもない、非人間的で、ツルツルとした無機質な感情だった。

彼はいつも、僕に彼女を紹介してくるのだった。
かわいいだろ。めっちゃオシャレ。めっちゃかわいい。頭もいいんだぜ。
彼の中では、僕が「恋愛が下手糞な草食系男子の害のない男友達」のポジションなんだろうな、感じていた。
万が一にも、自分の彼女が、僕に、寝取られるとか、そう言うことは考えたことはなかっただろう。
事実、僕には、僕自身の彼女という存在が居たためしはなかった。それは、僕がモテないだとか、気弱だとか、奥手だとか、そういう理由で彼女が居ないのだ、と彼は思っていたのだろう。
だから、彼は僕が、まるで去勢された犬か何かだと思っていて、何にも危険だとは考えずに、自分の女を僕に近づけてくるのだろうと思っていた。
事実、今の今まで、僕自身も僕のことを「恋愛が下手糞な草食系男子の害のない男友達」のポジションであると思っていた。

そうではなかったらしい。僕は、自分の感情に驚いた。
「この女を寝取ったら、彼は怒るだろう」という感情を抱いたことに。
そして、それは不可能ではない気がした。

……結局、僕はそれを決行しなかった。
僕は、自分の心に芽生えた暗い感情は振り払った。
だが、それは「彼が可哀想だから」とか「倫理に反するから」とかではなく、ただひたすらに「面倒くさいから」という理由だった。
僕は、彼の彼女を駅に送った。気をつけてね、ただそれだけの言葉とともに。



僕は、彼が、どの彼女と結婚したのか、よく覚えていない。
アレだったか、それともソレだったか。3番目のアレとよりを戻したのか、忘れてしまった。
僕と彼が大学を卒業して、それぞれ別の道に進んだ。
しばらくたったあとに来た「結婚式出席の依頼」の紙に、僕は「出席」に丸をつけたのだ。「ご」の部分を、無機質に、無感情に、黒く塗りつぶしたことをよく覚えている。
僕は、彼の彼女達に、他の彼女達の存在をほのめかしたことはなかった。だから、彼の妻にも、過去のことを伝える気はなかった。

式典が終わったのか、新郎新婦と客人たちは、外に出て、思い思いにおしゃべりに花を咲かせていた。当たり障りのない会話で参列者と話していた僕は、写真撮影に参加することになった。
僕は、彼のカメラを手渡されて、写真を撮るように言われた。



僕はカメラのファインダーを覗いている。数十人の参列者を、1枚の写真に収めるのに苦労した覚えがある。
礼服を着た男性たち。華やかな、明るい色のドレスを着た女性たち。センターには、僕の友人である新郎と、同じく友人である新婦。ウェディングドレスを着た彼女が、ひときわ目立つように、僕はピントを調整した。セルフタイマーも、三脚もない結婚式だった。
昔の話だ。デジタルカメラなんて存在していなかった。

青空で、いい天気だった。教会の外観は、よく覚えていない。足元に、ライスシャワーの残りがたくさん落ちていたことを覚えている。
じゃあ、3枚とるよ。僕は大きな声を張り上げた。
はーい、とファインダーの向こうで大勢の参列者たちが声を上げた。

そのときの写真が、今僕の手元にある。
写真には大勢の友人たちが嬉しそうに写っている。
当然ながら、僕はその中には居ない。

<了>
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柿とタバコと死刑囚 <その3(終)>


<その1はこちら>
<その2はこちら>




次の日の月曜日、彼女は仕事に出かけ、俺は部屋に一人居る事となった。
せっかくの休日なのに、早く寝たせいで、前日に何もやらなかったせいで、
体の調子はすこぶるよく、早く起きてしまった。
俺は買出しに出かけるために、車のキーを持って玄関から出た。
玄関のノブを触るときに、あの男もこれに触ったのだろうな、と思った。
思わず、キーについている季節はずれの静電気よけで、手をぬぐった。

この気持ちは何なのだろう。
よく、わからない。
空は、この季節にしては珍しく、気持ち悪いほどに晴れている。

幼い頃、ばーちゃんちに行ったときのことをぼんやりと思い出していた。
あの日も、こんな天気だった気がする。
年上のいとこに、木でできた蒸気機関車のおもちゃを取られて、
すごく悔しくて、部屋の隅で泣いたことを覚えている。
畳のふちの、あの緑色の角の部分。
男のクセに泣き落としかよ、といった表情の、やはり幼い年上のいとこは、
しぶしぶと蒸気機関車のおもちゃを返してくれたが、
既に「ぼく」はそれが気に入らず、さらにかんしゃくを起こして泣き喚いた覚えがある。

食料の買出しを済ませ、ドラッグストアでトイレットペーパーを買い、車を出発させ、
おっとしまった、昨日の洗い物、台所洗剤がなくなるんだったと思い出して、
途中で俺はしかたなくコンビニによった。

タオルや洗剤、日用品が置いてある棚で、俺はゴムが目に付いた。
なんとなく、もう使わないだろうな、と思った。
その隣にある、ライターを目にした瞬間、俺の気持ちは決まっていた。

昨日のビデオに写っていた、あの男。
赤いパッケージを取り出し、あわてて彼女に止められる、あの動作。
彼女の服に一瞬ついた、あのタバコのにおい。

コンビニの店員に、24番をくださいと番号をつげ、
俺は学生時代に、あんなにも医療学校で学習した、
発がん性、健康への被害、副流煙の有害物質、依存性、中毒性、
有害化学物質がたっぷりとつまった、タバコを購入した。
こんなにも簡単に買えるのだな、どおりで喫煙者が減らないわけだ。





俺は誰もいないアパートに帰ってきて、
冷蔵庫に食料をつめ終わって、お得パックの洗剤を詰め替えて、
部屋のソファーに座って、部屋を眺めた。
そこの床でヤってたな。
俺はカーテンの外の、いい青空の天気に目を移した。
彼女がいつの間にか買ってきた、観葉植物が窓辺で光合成にいそしんでいる。

俺は、昨夜の晩御飯のツナオムレツ…の材料のツナカンを、ゴミ箱からそっと取り出した。
軽く洗って、拭いて、それから、窓辺の観葉植物の、砂利を手でつかんでツナカンに入れた。
ポケットにライターをいれ、タバコのパッケージを持ち、サンダルを取ってきて、
俺は部屋のベランダに出た。いい天気だ。本当に、いい天気。
室外機の上にツナカンを置いて、俺はタバコに火をつけた。

吸い方は知っている。
飲み会のときに、酔っ払いの友人に何本か吸わされたからだ。
吸いながら火をつける。
肺に入れず、口でふかす。 慣れてないから、これでいい。
3口目から、やっと美味しくなってきた。
これはただの煙で、やはりタバコの味がする。

俺はニコチンの化学式を思い浮かべて、
猿を用いた実験の依存性の論文を思い浮かべて、
肺がんを煩った男性の悔やみの手記を思い浮かべて、
煙を青空に噴出した。
古来、天に上る煙は、神への祈りをあらわしていたという。

しばらくの間、俺はずーっとそうやって、タバコをふかしていた。
灰を落として。
火をつけなおして。
風向きが変わって、煙が目に入って、ちょっと涙目になって。
砂利に火を押し付けて、俺はずーっと考えていた。

何故、外で吸うのか?
それは、部屋がタバコ臭くなるのが嫌だからだ。
タバコを吸っていないときに、タバコの臭いをすうと、吸いたくなる。
人がふかしているタバコは嫌いだが、自分が吸うタバコは好きだ。
自分の女を穢すのは好きだが、穢されるのは大嫌いだ。

俺は、何を間違えたのだろう?
彼女を、もっと愛すべきだったのだろうか?
だが、もともと俺は、彼女のことなぞ微塵も好きではなかったような気がしてきた。
俺は恐らく、彼女を、いや人を、愛するには怠けすぎたのだ。

六本目を吸い終わって、これで最後にしようと思って、
七本目を吸った。
八本目の半分で、俺は砂利にタバコを押し付けて、
室内に入り、口をゆすいで、歯を磨いた。

あとは、いつもの休日の通り。
家事をして、本を読んで、ゲームをして、夕食の支度をして。
彼女が帰ってきて、「ちょっとタバコの匂いがするね」と言われて、
「今日のお昼、席が空いてなかったから喫煙席で外食したんだ」と嘘をついて。
なんでこの期に及んで嘘をついたのか、わからないけれど。

ごはんをもって、料理をよそって、
いただきますをして。
今日のあとかたづけの当番の彼女が皿洗いをして、
今日は彼女とはゲームはしないで。言葉数も少なく。
順番にシャワーを浴びて。誘ってきた彼女を断って。
テレビを見始めた彼女を尻目に、俺は新聞を開いて、

目が、記事を、滑って、滑って、滑って。
彼女が眠そうに、目をこすり、テレビを消して、
「もう寝るね」と言ったとき、
俺は腹が決まった。いや、やっと決めたのか。
言った。


「別れよう」





言ってしまった。
言葉は、俺の唇を離れて、彼女に届いてしまった。

突然のことに彼女はぽかんとして、
何が起きたのかわからないように、彼女は唐突に動きを止め、
なんで、と訪ねてきたので、俺は何も言わずに首を横に振った。
そうしているうちに彼女の目には涙が溜まり、彼女は泣きじゃくり始める。
残念、好いてる女の涙だったら興奮するんだけどな、とちょっと考えた。

「私、なにか、した…?」
してるだろ。
と、思いつつ、俺は黙って首を横に振る。

もう、君の事が、好きじゃなくなったんだ。
適当に嘘を並べる。

「でも、でも…!」
彼女は泣く。
女の涙ってのには好意を持ってる男にしか使えねえんだよ。
と、思いつつ、「ごめんね」と俺の唇は動いた。
「…そんな、突然…!」
泣きじゃくる彼女に、
いや、突然もクソもねえよ、何ヶ月も前から別の男家に連れ込んでズコパコやってただろクソが、
と、思いつつ「ずっと言えなかった」と言っておく。

彼女は何も言わず、泣きじゃくるのみとなった。
俺は、俺が知っていることを、彼女に言うつもりはなかった。
たしかに、人を痛めつけたり、怒らせたり、憎悪させたりするのは好きなタイプだが、
彼女には、既にそういった感情すら沸かなかった。
隠し撮りした動画を見せ付けるか?反応を見るか?
いや、既にあの動画は削除している。
それに、見せるのがめんどくさいし、俺がだまってこうしたほうが、
全てのことが丸く収まる気がする。嫌がらせをする気すら起きない。
…この女は、今何を考えているのだろう?

「じゃ、近いうちにはこの部屋を出て行ってね」
俺が発した言葉は、俺が想像した以上に、冷たく部屋に響いた。
「おやすみ」





朝早くに目覚めると、彼女は既に家にいなかった。
夜の間に出て行ったらしい、支度の早いヤツだ。
たぶんあの男の家に行ったのだろう、
そしてたぶん夜通しズコパコやっていたのだろう。
俺がすやすやと眠っていた後に、彼女はズコパコやっていたわけである。
俺が労働にいそしんでいたときでも、彼女はズコパコやっていたわけである。
なんだか、本当に同じ時間をすごしていたのか、実は別の世界線の出来事ではないのか、
今居るこの世界は、本当に自分の生きてきた世界なのか、
我ながら不安になってくる。

朝のリビングに行くと、
料理を作る彼女は居なく、朝の支度をする彼女も居なく、
テーブルには鍵と手紙が置いてあった。

『ごめんなさい、実は私、今まで……』

俺は嫌になって手紙を裏返した。
が、裏にも几帳面な文字でびっしりメッセージが書いてあるではないか。
「糞野郎」
俺は呟いて、立ち上がった。
パジャマのままベランダに出て、昨日の残りのタバコを3本吸う。

歯を磨いて、朝ごはんを食べるべく、俺は台所に向かった。
シンクの隅の、ゴミがたまっている三角コーナーをちら、っと見て、
彼女の手紙も捨て、そして、まだ半分以上残っているたばこケースを握りつぶして三角コーナーにに突っ込んだ。

俺はもう、タバコは吸わないだろう。




<了>

柿とタバコと死刑囚 <その2>


<その1はこちら>




次の日、俺はハッタリをかけることにした。
気のせいだと願いつつ。
出勤のときに早めに家を出て、忘れ物をした、と時間をかけて家に戻る。
簡単である。

月曜日の朝。
俺はスマホを充電器に刺したまま、仕事に出勤するために、家を出た。
その月曜日は、彼女も仕事のはずだった。
いつも俺が先に家を出て、あとに彼女が家を出ていた。

じゃあ、いってきます。
俺は彼女に挨拶をして、彼女に見送られて、家を出る。
共用の駐車場に行き、車にキーをさし、運転し、
近場のコンビニに行き、缶ジュースを1本買うと、
家に引き返した。
インターホンもならさず、いきなり鍵を開けてはいる。
彼女の靴はそこにあった。
俺は、何も言わずにリビングに入った。

はたして、彼女はそこにいた。
彼女は、髪をとかしている途中だった。
明らかにこちらを見て固まっている。
やってはいけないことをやったときの、子供のような。
いたずらが見つかった、猫のような、表情。
俺は、あらかじめ用意しておいた言葉を言った。

あ、ごめん。まだいたんだ。
今日仕事休みだったんだね。
彼女は、しばらく固まったあと、
う、うん、そうなの、ごめん、だまってて、今日休みなんだ、
と息をつくように、途切れ途切れに言葉を吐いた。

ごめん、家にまだ居るとは思わなくて、
忘れ物しちゃって、ほら、スマホ、充電器に指しっぱなし。
あはは、ドジだなぁ、
じゃあ、いってきます、
はい、今度こそ行ってらっしゃい。

俺は家を出て、もう1度車の運転席に座った。
ミラーの位置を直し、出発の準備をして、
頭痛を感じたように目を閉じる。
デート用にめかしこみ、ヘアをセットしている彼女が、
瞼の裏に現れる。





夜。
彼女は風呂に入っている。
俺はリビングで、彼女が敷いた布団を見ながら、
パソコンデスクの前に座っている。

ついに、俺はそれを決行することにした。
簡単なことだ。ノートパソコンについているウェブカメラ。
これをちょっとのあいだ、起動させておけば良い。あとは画面を録画しておくだけだ。
俺の出かけているあいだ。
なんのその、ほんの10時間ちょっとだ。
…だが、そんなに長い間、我が愛しのパソコンは、起動していてくれるだろうか?
試行錯誤しながら、スリープモードにしたり、スクリーンセーバをオフにしたりしていると、
やはり彼女というものはカンがいいもので、「なにしてるの」と聞いてくる。
実は、インストールに時間のかかるソフトがあってね、と適当なことを言う。
ちょっと上手くいかないんだ、と説明する。ふぅん、と彼女は興味のなさそうに答えた。
恐らく彼女は、俺にことなどまったく考えていないのだろうな、と感じた。

あまり使ったことのない機能だったが、準備は2,3日もたてば整った。
土日、俺は仕事に出かける前に、パソコンを起動したままにしておく。そして、録画ボタンを押しておく。
帰ってきたときに停止を押せば、簡易な監視カメラの出来上がりだ。
少しだけ罪悪感を感じたが、それはなにかの感情によって塗りつぶされた。
ここは、俺の部屋なのだ。

前日、俺は本当に何かのソフトをインストールして置いて、
彼女の前で「あれ、また停止しやがった」と、自分で停止ボタンを押しながら、2,3回呟いておいた。
今日の朝、俺がスーツを着て出かける前に、そっとパソコンの録画ボタンを押しておいた。
少しだけ、マウスを持つ手が震えた。
そして、彼女が部屋に居ない隙を見計らって、
ノートパソコンの画面自体に黒い防護シールを張っておく。

次の日の朝、土曜日、俺の出勤日、彼女の休日。
じゃあ、行っくるね。と声をかけると、
いってらっしゃい、と彼女は微笑んだ。
俺は一瞬、この女は、腹の中で何を考えているのだろうと思った。
なぜこんな笑顔が出来るのだろう?
行ってきます、と言って俺は、、録画ボタンの押された部屋を出た。

土曜日の夜の帰宅。
録画のし過ぎで挙動が重くなったパソコンをマウスでたたき起こす。
残念なことに、今日は彼女自身も出かけたらしく、
録画ファイルにはしんとした室内と、あとは帰宅した彼女がテレビを見る姿しか映されていなかった。
早送りをしながら、シーンを飛ばしながら、俺はなんだかエロ動画を見ている気分になった。
目当てのシーンが来るまでマウスでクリックする、あの動作。

日曜日。俺はもう一度パソコンをつけて、
また仕事に出かけることにした。
今日こそは。いや、何もないほうがいいのかもしれないのけれど。
いってらっしゃい。彼女が玄関まで見送ってくれる。
いってきます。
俺は、今日は彼女が念入りに化粧をしていることに気がついた。
気づかないふりをした。いってきます。





日曜日の夜、帰宅した。
おかえりなさい、と彼女が出迎える。
部屋が若干肌寒い。換気をしたのだろうか。
ただいま、と答えて、俺はスーツを脱ぐ。
彼女がトイレにたったスキに、俺はパソコンの録画ボタンを停止させ、
保存すると、すぐさまパソコンをシャットダウンした。

俺は部屋着に着替えて、ノートパソコンを持って自分の寝室に向かった。
彼女はいつも、読書と寝室専用のこの部屋に入ってこようとしない。
俺はいつも読書に使っている低い机にパソコンを置いて、
読書スタンドの電源を引っこ抜き、ノートパソコンの電源を挿して、起動させた。
動画を開き、再生カーソルを移動させながら、目当てのシーンがないか目を走らせる。

果たして、動画には、俺の家に、俺の部屋に、
知らない男の姿が移っていた。





俺はエロ動画を見るときのそれのように、ノートパソコンのイヤホンジャックにイヤホンを指した。
部屋のドアと対面になるようにテーブルに座り、
途中で母親が入ってきても気づけるように、画面を壁側に向ける。
もちろん、実家を出てからしばらくたったのだから、
エロ動画視聴中に母親が入ってくるなんて事はありえないのだが。

俺は注意深く再生カーソルを30分ほど移動させたり、また早送りしてみたり、
エロ動画閲覧で鍛えられた指の微調整を働かせた。耳を傾けて、音声も聞き取る。
ノートパソコンは、部屋の全てを映し出し、録画はしていなかった。
だが、俺の部屋の中に、彼女が見知らぬ男を連れてきたのはわかったし、
楽しそうにおしゃべりをしたり、お茶を出したりしたのも見えた。

そして、



俺は人類46億年の歴史に思いをはせた。
生命誕生のときから、俺の先祖に、一人として童貞は居ない。
それは彼女も同じで、かの見知らぬ男もそうだろう。
俺は、質の悪い隠し撮りAVを見た。
撮影セットは俺の部屋だ。笑えるだろう?
男が帰った後に、彼女は部屋の窓を開けて換気したり、
いつもは洗わないくせに、必死に二人ぶんのコップを洗ったり、
使用済みティッシュをゴミ箱に押し込んで消臭剤をかけたあと、
ゴミ出しに出かける姿を見届けた。
週末はいつも掃除がきちんと行き届いていたことを思い出した。

毎週。
毎週毎週。
毎週毎週毎週。


毎週。



俺は、質の悪いAVの再生ボタンを閉じた。
これはさすがに抜けねえわ。
そして、重い重い動画ファイルをゴミ箱につっこみ、
ほかに突っ込まれていた、エロ絵とかいらないフォルダと共に、ゴミ箱を空にした。
俺はパソコンをシャットダウンして、ノートパソコンを閉じて、
イヤホンを抜いて、きちんと縛ってポケットにしまって、
しばらくの間天井を眺めていた。

ずっとそうしていただろうか。
・・・君、おゆうごはんできたよ?と、部屋をノックする音が聞こえた。
今行くよ、と俺は立ち上がった。





俺は夕食を、いつものように、普通に食べた。
彼女はいつものように、今日のの昼間になにもなかったかのように、俺に話しかけてきた。
そう、こういうのはこれが初めてではないのだろう。
俺は何の感動もせずに、ごはんを咀嚼し、おかずを噛み砕き、味噌汁を飲み下し、
無邪気に話しかけてくる彼女に、いつものように、うん、とか ああ、とか返事をしながら、
実のところ、ずっと前から、俺はこの女が好きではなかったのだということに気づいた。

彼女がこの部屋にやってきたのは、いつのことだっただろう。
俺はあるがままを受け入れていた気がする。
彼女が、俺に好きだといったとき、俺はなんと答えたのだろう?
俺は、彼女に好きだといったことがあっただろうか。
いや、俺は彼女が一度でも、好きだったことがあるのだろうか?

その日は普通にごはんを食べ、当番の洗いものをし、
彼女はテレビを見、俺は本を読み、
一緒にゲームをしたり、談笑したり、
かわるがわるお風呂に入った。
寝る前に部屋で独りになって、スマホでエロ動画を見ようとして、
検索窓や新着をひとしきり眺めたあと、
何もする気にならず、

寝た。


<その3へつづきます>

柿とタバコと死刑囚 <その1>


俺はソファーに座って新聞を読んでいたし、彼女はソファーでテレビを見ていた。
ニュース番組だろうか、バラエティ番組だろうか。
考え事をしながら新聞を開いていた俺には、全く判断がつかなかった。
俺の目は新聞のニュースを滑るばかりで、内容は全く入ってこない。

そもそも、俺はテレビ番組はほとんど見ない人間だったのだ。
この部屋に、彼女が転がり込んできてからというものの、やっと俺のテレビは電波を受信し始めたし、
ずっと一人暮らしだった俺の部屋は、
彼女が料理を作ったり、部屋で着替えたり、風呂の後に髪を乾かしたりと、
ずいぶんといろんな「絵」が見られるようになっていた。

彼女は眠くなったらしく、テレビを消した。
ずっと気にも留めていなかったテレビの音なのに、消されたとたんにその静寂に気が引き締まる。
じゃあ、・・・君、わたしそろそろ寝るね、と彼女は俺の名前を呼んだ。

彼女は返答が欲しそうに、俺の顔を眺めた。
ずっと言いたかったその言葉は、俺の口から沸いて出てきた。
言うつもりはなかったのに。
いや、ずっと言いたかったのだから。

「別れよう」





彼女がこの部屋にやってきたのは、春も終わりのゴールデンウィークだった気がする。
連休に泊まりに来た彼女は、連休が終わっても、ずっと俺の部屋を去らなかった。
彼女はこの部屋から出かけていって、それからこの部屋に帰ってくることが多くなった。
普通の男女が、2LDKの部屋に住むのなら、それはそれは色々なことが起こる。
それから、そのようになって、しばらくの月日が流れた。
葉が生い茂り、雨を浴びて、そして茶色くなって、恐らくそのぐらいの月日。

ベッドの上でする快楽は、2種類ある。
1つは寝ること、そして1つは本を読むことだ。
その日、俺は自分の部屋で1つの快楽をむさぼっている最中、彼女が俺の部屋に帰ってきた。
俺は快楽を中断して、おかえりを言うために、玄関へとで迎えた。
彼女が笑顔で部屋に入ってきて、靴を脱いで。
コートを取って、アクセサリーを外して、どこにいってたの、ちょっとそこまで、
頭の飾りを取って、部屋着に着替えようとして、俺は部屋に帰って本を読む作業を再開しようとして、
とても狭い廊下で彼女とすれ違ったときに、それに気づいた。

タバコの臭いである。






彼女からタバコの臭いがしたのは、一瞬だった。ほんの一瞬。
次の瞬間には忘れてしまうぐらい、かすかな香り。
出かけてきた飲食店の近くに、喫煙者が居たのだとか、
電車で隣に座ったおじさんが、運悪く臭かったとか。
そういうレベルの、かすかな香り。

俺は部屋に戻ってベッドに座り、
一度は本を開いたものの、やっぱり本を閉じて、
ベッドの横になると彼女のことに思いをはせた。

俺も彼女も社会人であるが、それぞれ別の会社で働いている。
俺は土日出勤が多く、平日の数日が休みだが、
彼女は平日が出勤日で、土日が休みだ。
故に、二人そろって休日という機会はなかなかなく、
俺たちは夜にそれぞれ帰ってきて、夕食を食べて話をする、というのが常日頃のことだった。
彼女は近くの会社の事務をやっていて、
詳しくは知らないけれども、パソコンを使って仕事をしたり、いろんな書類を整理したり、
いわゆるデスクワークという仕事らしい。

俺と彼女の大きな違いの一つに、「本を読むか、読まないか」という違いがある。
もちろん、「テレビを見るかみないか」とか「トマトが好きか嫌いか」とか「体を洗うとき、どこから洗うか」なんて差異もあるが、
この本を読むか読まないか、というのは、なんだか大きく俺と彼女の間に横たわっている気がした。

ちょうどその時は、俺が歴史の本を読んでいたときだった。
本の中に、柿が出てきた。
ある死刑囚は、死刑の前日に下記を進められた際、「柿は痰の毒だから」と断ったという。
明日死ぬ命だというのに。
と、ちょうどその本を読んだ日、彼女が珍しく柿を買ってきてくれて、剥いてくれた事がある。
思わず、俺は柿の話を彼女にしたくなった。が、俺は結局、しなかった。
彼女と、俺の間には大きなものが横たわっていたからだ。

そういえば、アメリカのジョークにも似たような話があった気がする。
死刑の前日に、タバコを断る死刑囚の話が。
俺はベッドの上で考え事をして、ふと考えた。
柿と、タバコ。
タバコのにおい。
そう、確かに先ほどの彼女からはタバコのにおいがした。

柿。
そのころ…柿だから、季節は秋なのだろう。
彼女の爪は、短かった。包丁で果物の皮がむけるほどに。
デスクワークをしているのだから当然だろう。

今、先ほどすれ違った彼女の爪は。
…ネイルをしていた気がする。素手で、スマホが触れないほどに。
長く、美しく、のびた爪。
デスクワークはどうしたのだろう?
あれでは、タイピングも上手くできないだろう。

転職したのだろうか?





俺が住んでいるアパートの部屋には、部屋が2つある。
1つは、リビング兼台所の、パソコンとベランダのある、大きな部屋。
もう1つは、寝室。
こちらには電子機器の気配といえば読書灯しかなく、
あとは壁の1面を本棚が支配している。

俺は寝室兼読書部屋で、天井を眺めていた。
今日はもう、あとは寝るだけなのだ。
俺は部屋の電気を消して、寝ることにした。
彼女は、この部屋にはやってこない。
彼女は、リビングのほうに布団をしいていつも寝ていた。

俺は真っ暗になった寝室の中で、暗闇に目を走らせた。
最近、彼女は休日にも帰りが遅いことが多々ある。
俺が日曜日、仕事から帰ってきた、その後に彼女帰ってくることが、何回かあった。
俺は暗闇の中で瞬きをした。

数ヶ月前のことを思い出す。
その日俺は、細かいことがきになる日だったのだろう。
仕事帰ってきた俺は、インスタントコーヒーを淹れようと思い立った。
俺用のマグカップを出してコーヒーの粉末を淹れたときに、どうにもコップのフチに粉が張り付く。
どうやら、俺のマグカップを使ったような形跡があるのだ。
俺は、丁度テレビのCM中で暇そうだった彼女に声をかけた。
ねえ、俺のコップ使った?
と。

一瞬の間があった。
一瞬の間。ほんの、一瞬の間。
ごめん、間違えて使っちゃったんだ。
彼女が答えた。
そっか、と俺は返答し、湯をコップの中に注いだ。

俺は、ベッドの中でその「一瞬の間」の意味をとても考えていた。
俺の意識は、徐々に眠りの世界へと落ちていた。
最近、仕事から帰ると、部屋が綺麗に掃除されていること。
ゴミ箱なんか、まだまだ余裕があったのに、変える度にすぐに彼女が縛って捨ててしまうこと。
最近、俺がリビングに入るたびに、スマホをいじっている彼女がハッとこちらを見ること。
掃除のためにスマホを動かしたら、烈火のごとく怒らせてしまったこと。
休日は、おしゃれをして出かけ、遅くまで帰ってこないということ。

彼女から一瞬した、タバコのにおい。
柿をむくときには、長かった爪。
やけに増えているスマホの時間。
週末のたびに掃除されている部屋。


俺は目をつぶる。
意識を手放す前に、ひらがな3文字が頭に浮かんだ。


「うわき」



<その2へ続きます>

コンテナ(SF短編)


こんな夢を見た。


私が住んでいる惑星は、銀河系のはじっこの、田舎中の田舎だった。
大型のコンテナ宇宙船が時折やってくる以来は、
私たちは砂漠と高地だけでできた惑星で、細々と暮らしていた。

幼馴染がいた。
彼女とは、よくコンテナの中で遊んだ。
時折近所に停泊しているコンテナ宇宙船の中は、
ブルーライトが灯る、階段や隠れるところ、上り下りができる不思議な機械、子供の私達にとってはかっこうの遊び場だった。
私と彼女は、そこでかくれんぼをしたり、ずっと話し込んだり、はたまた鬼ごっこをしたりして遊んだものだった。
時がたち、彼女も私も成長した。
それでも、遠くかなたの惑星からコンテナ宇宙船は行ったりきたりしていた。

ある日、彼女はコンテナ宇宙船の中で、首を吊って死んだ。
彼女の体を、ブルーライトの光が照らしていた。
よく覚えている。

私は、「彼女を殺した」ということにした。
なぜなら、私達の惑星では、自殺は最もタブー視されるものだったからだ。
私は、そっと彼女の体に触れ、首からロープを外した。
ハイテクなコンテナの中で、ロープだけが時代遅れの歴史品に見えた。
こんなにも科学は発達したというのに。
彼女は何でこんなもので命を絶ってしまったのか。

私は、ロープを持ったまま、彼女を殺したと言った。
遠くから、宇宙警察がやってきて私を捕まえた。
警察は、何か言いたげだったが、私を連れて行った。


どこかの惑星の周りを、人工衛星のように拘留所はまわっていた。
美しい青い惑星をバックに、所長が言う。

「君は、ここで刑期を受けてもらう」
所長は、私にとある惑星のデータを見せた。
「荒くれどもの集まりの惑星だ。おいはぎ、指名手配犯、詐欺、何でもある」
生きるか死ぬかは、君次第だ。
と、所長は言った。



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EVEとかやってるからこういう夢を見る。
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