ほんのひと時を舞台袖から



少しの間だけ、演劇部に所属していたことがある。
正確には「演劇部の手伝いをしたことがある」が近いかもしれない。

今ではもう、随分昔のことになるが。
高校に入学した頃、私は友人といろんな部活を見て周った。
その中の一つに「演劇部」があったのだ。
私は友人と、その劇を見にいった。

一人芝居だった。
今でも覚えている。
その時、生まれて初めて「演劇」というものを見たのだ。
シナリオも、台詞も、オチも、タイトルも全て覚えている。
一人芝居とは、こんなに素晴らしいものなのか。

…結局、その当時の私は演劇部には入らなかった。
他に入りたい部活があったからだ。
しかし、その友人は目を輝かせて「この部活に入る」と宣言して、事実そのとおりになった。
数年後、彼は部長になり、毎年のような少ない入部員に四苦八苦しながら、自分でもシナリオも書き、
そして高校生として最後の演劇の大会に出るとき、私に声をかけたのだ。
「黒子の役で手伝って欲しい」と。

…私にとって、舞台と言うのは実に身近な存在である。
幕の下がった、ステージの裏で行われる準備。
舞台袖の、幕を上げ下げする装置、上手から下手へ移動する狭い通路、
はるか頭上の、スポットライトや舞台装置が鎮座する薄暗いところ。

演劇とは違う形――もっとはっきり言ってしまえば、音楽の発表会で。
私は一人で、あるいは大勢で、たくさんステージに立ったことがある。
私にとって、劇場とは、馴染み深いものなのであった。

「黒子の役で手伝って欲しい」という彼に、
私は二つ返事で了承した。
すなわち、演劇の最後の、大掛かりな舞台装置の移動の手伝い。
ありのていに言ってしまえば、それしか私の役はない。ただの雑用だ。
台本を覚える必要もない。台詞をしゃべる必要もない。
彼らの練習風景を、私はぼんやりと眺めていた。

演じられる台本は、部長の彼が書いた台本だった。
随分昔に読んだっきりの彼の台本であるが、やはり今でも覚えている。
素晴らしい台本だったのだ。
事実、彼はその台本の演劇で、演劇の県大会か何かで、一番上の賞を受賞したと聞いた。
…もっとも、人手不足で、その上の大会に進むことは諦めてしまったらしいが。

私の、演劇の手伝いは、私の人生においてそれなりの影響を及ぼした。
演劇部として、他の学校の演劇の発表や、別の大会での発表、
あるいはプロの演劇にも興味を持つようになったからだ。
機会があれば、舞台に行って演劇を見にいってみたいし―今だその機会はないが―、
また、何かの機会に「演劇をやってみないか」と誘われれば、乗り気で返事をするだろう。


私が演劇にかかわったのはそれっきりで、
もはや演劇を間近で見ることも、演じることも、今ではない。
しかし、私はあの本番を今でも覚えている。
舞台袖で、役を演じる、彼の姿を、
私は生涯忘れることはない。

暗い、舞台袖から見る、スポットライトを浴びて、
観客席のほうを向く、あの姿を。





ユーラルームデバッグ死ぬほど終わらないです。
あと、立ち絵とスチル全部書き直したい症候群が発病しました。もうダメだ
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