読書週間だから好きな本紹介するその6「ファウスト」


中学の授業でシューベルトの「魔王」を聞いたとき、僕たちは沸き立った。
「お父さん、お父さん」ブームである。
思春期の僕たちは、くだらないことに一喜一憂し、あるフレーズは流行語となり、1週間もたてば流行は廃れていった。

クラスの男子達での「お父さん、お父さん」ブームが終わったが、僕の中ではブームは終わっていなかった。
私の両親は音楽好きであった。
私は両親に音源を貸してもらい、シューベルトの音楽集とやらを聴いてみた。
魔王のほかにも、鱒、野ばら、糸を紡ぐグレートヒェンなどの音楽が入っていた。

「糸を紡ぐグレートヒェン」は不思議な音楽だった。
ドイツ語で意味はわからなかったが、ピアノのフレーズが気に入った。
中二病の僕は、別言語の、かっこいい、暗い、その詩が気に入ったらしい。
何度も何度もその曲を聞いていると、父親がこれは「ファウスト」に出てくる詩だよ、と教えてくれた。
家には偶然にも「ファウスト」第1部の本が置いてあった。




ファウスト〈1〉 (新潮文庫)
ゲーテ
新潮社
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第6回読書週間だから本を紹介しようシリーズは、
ゲーテの「ファウスト」です。

この本を読んだのは、中学2年生の頃だったと思います。
俗に言う、中二病まっさかりの頃。
世界的な文豪が書いた、悪魔と契約する主人公のお話。
現在進行形でも中二病な私が、夢中にならないわけがない。

中学生の私はこのお話を気に入り、何回も読みました。
中二病の私が特に気に入ったのは悪魔「メフィストフェレス」の言い回し。
人を小ばかにし、見下したような、それでいて力がある、主人公のファウストの魂を狙う悪魔。

ストーリーのほうは、当時の私にはよくわかりませんでした。
医学、化学、魔術を究めた老人のファウスト。
「結局何もわからない」と、自殺を企てます。(まず当時の私にはここがわからない)
悪魔「メフィストフェレス」との出会い。
悪魔は取引を持ちかけます。
すっごい面白いものとか、すっごい楽しい思いをさせてあげるよ。
その代わり、死んだら魂をいただくぜ。
そういう契約に、「死んだ後のことなんか知らんし」と、ファウストは契約をします。
(当時の私にはやっぱりこの後先の考えなさがわからない)

魔女の若返りの薬を飲み、美しい町娘「グレートヒェン」と恋仲になるファウスト。
しかし、グレートヒェンが子供を孕んでしまいます。
同時に、夜の密会時に「ちょっとだけグレートヒェンのお母さんに眠っててもらおうね」と盛っておいた薬により、
グレートヒェンの母親が死亡。恐らく慢性的な薬の服用のせいでしょうね。
また、グレートヒェンのお兄ちゃんに決闘をけしかけられ、ファウストは彼を殺してしまいます。
(当時の私はこの謎展開がわからない)

追い詰められたグレートヒェンは、赤子を生んだと同時に発狂。
嬰児を殺してしまいます。
嬰児殺しの罪で、牢獄に入れられるグレートヒェン。
メフィストフェレスと共に、彼女を助けに来たファウストは、彼女に拒絶されます。

「とうとう裁かれたな」と呟くメフィストフェレス。
その声に対して、どこからともなく聞こえる「救われたのだ」という声。(やっぱりわからない私)

第1部完。




ゲーテの「ファウスト」は名作、傑作といわれていますが、
当時中学生の私にとってはあまりにもわからなすぎた。
今でもよくわからん。全くわからない。
ただ、あのゲーテがすさまじい時間をかけて書いた作品ですから、
きっとすごい作品なんでしょうが、でもやっぱり全くわからない。
メフィストさんがカッコいいなって言う感想しか出てこない。

さらに当時の私は、涙ぐましい努力で2部も読んだんですが、
ファウストってあらすじを雑にまとめてしまうと
「老人が悪魔と契約して、やりたい放題ヤった挙句、死んだ元カノによって救われる」
っていう、わけのわからん上に納得のいかないお話だったわけですね。わからんわ。

…中学生のあの当時から、私はちょっとだけ頭が良くなりました。
だから、あの頃はわからなかったファウストの行動も、ちょっとだけわかるようになりました。
60過ぎのジジイであるにもかかわらず、自殺を企てる彼の絶望感とか。
「死んだ後のことはどうでもいいや」と悪魔と契約してしまう、彼の考え方。
グレートヒェンが追い詰められて、どうして嬰児を殺したか。

だけど、やっぱりまだわからない部分もある。
1部の最後の「救われたのだ」は、わからなかったけど、
それでもカッコいい終わり方で、気に入っていたのです。
なので、何度も何度も読んで、何度も何度も考えたんですが、それでもやっぱりわからない。
彼女はなんで「裁かれた」のではなく「救われた」のか。

例え、超有名な文学者さんから、1体1で解説を受けたとしても、私は納得しないでしょう。腑に落ちないでしょう。
バックに流れる歴史的背景や、ゲーテの生い立ちや、ドイツ人の考え方などを学んでも、私はきっと「わからない」。
本を読むということは「私」が「私」を読むということです。
鏡の反射。本は、自分自身を映し出す鏡なのです。
つまり。「私」の人生が太く、骨太で、文学的にならない限り、私は「ファウスト」を理解することは出来ないのです。

なんで彼女は救われたのか?裁きに身を任せたからか?悪魔側のファウストを拒絶したからか?
救われる女性とは?神聖な女性とは?女性によって魂が救われる男性とは?
なぜ彼は努力し続けることができるのか?快楽を傍受するだけなのに、なぜ神様から気に入られるのか?
それは、勉学にずっとずっと励んできたからなのか?なぜ彼は救われるのか?なぜ?どうして??

…私も、60過ぎのジジイになれば、ちょっとでも「ファウスト」を理解できるようになるのでしょうか。





ファウスト第1部は、恐らく私が一番読んだ物語です。
通算50回以上は読んでいます。部分的なら100を越えるはず。物理的に本がボロボロになるまで読んだのです。
中二病って恐ろしいですね。ひたすらに悪魔メフィストフェレスへの憧れが原動力ですよ。
でも、何回読んでも、その素晴らしさや、なんで現代の世まで評価されているのかは、わからなかった。

それでも読むのです。わからなくても、読むのです。
何度読んでも読み足りない、新しい発見があるのです。
これが名作といわれているのはそれ故かもしれません。

60過ぎのクソジジイにもかかわらず、ひたすら前に進み、学びたい、まだ楽しみたい、まだいい気分になりたい、
悪魔に魂を売ってまで「人間的」であろうとする、ある種の快楽主義のようなファウスト。
何も知らない無垢で綺麗な娘だったのに、ファウストと出会ってからは転落人生まっさかさま、
教会で、うごめく腹を抑えながら、苦しみながら祈るグレートヒェン。
神様とお話して、ファウストの魂を付けねらうメフィストフェレス。
特にメフィストフェレスとグレートヒェンの関係は面白い。
対比になっている面もあるし、一方的に、間接的に食われる関係でもあるし、
2部に行けばそれが全て逆転してしまうって言う面もある。

で、やっぱり今読み直しても、私のファウストの感想は「わからない」です。



ただ。
…ただ、ですよ。
この本を読むきっかけとなった「糸を紡ぐグレートヒェン」を聞くと。

後ろで、メフィストフェレスが笑っている気がするのです。
愚かな女、と。
いえ、もうはっきりと聞こえます。
あの曲の後ろでは、メフィストフェレスが笑っているのです。





それでは。
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