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読書週間だから好きな本紹介するその9「ジキル博士とハイド氏」


「この鏡は、さぞかし奇妙なものを映してきたことでございましょう」
執事のプールが囁いた。
「だが…一番奇妙なのは、この鏡そのものだ。」
アターソンも声を落して言った。「一体、何のためにジキルは…」
彼はそこまで言って、自分の言葉に驚いたように言いよどんだが、
それでも気を取り直して最後まで続けた。
「彼は、こんなもので、一体何をしたかったんだろう?」

"This glass has seen some strange things, sir," whispered Poole.
"And surely none stranger than itself,"echoed the lawyer in the same tones.
"For what did Jekyll"--he caught himself up at the word with a start,
and then conquering the weakness--"what could Jekyll want with it?" he said.





ということで、
もう読書週間じゃない気がするけど好きな本を紹介しようシリーズ第9回はスティーブンソンの「ジキル博士とハイド氏」です。

ジキルとハイド(新潮文庫)
新潮社 (2015-07-31)
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なんだかんだで3回ぐらい読み直したんですが、
私にとっては、読むたびに読了後の感想が変わってしまう不思議な本です。

さて。
二重人格の代名詞ともなっているこの「ジキルとハイド」。
何小説と言うのでしょう。コレ。
怪奇小説、がジャンルとしてはあっている気がするけれども。
それとも推理小説?ゴシック小説?
そもそもこの話、推理小説として読んだときは、最大のネタバレが最初にされているのです。
ジキルはハイドである。
ハイドはジキルである、2重人格の話であるという、という今作品最大のネタバレ。
これ知らないで読んだほうが楽しいんじゃねえの。



「ジキルとハイド」のあらすじ。

舞台は19世紀ロンドン。
ヘンリー・ジキル氏は、医者として高名で紳士的な人物でありました。
偽善活動にもいそしみ、評判の良い人物。
そして作中ではけっこう高齢。まさかの50歳。
当時の作者のスティーブンソンより高齢でしょう。(作者は44歳でなくなっております)

語り手のアタソン(アターソン)は、そのジキル氏の周りに、最近「ハイド氏」という醜悪な男が出入りしているコトに気づきます。
このハイド氏、幼女を踏みつけたり、金をふんだくったり、人を殴って殺したりとやりたい放題。
ハイドが、ジキル博士の小切手を持っていることに気がついたアタソンは、
ジキル博士が、ハイド氏に弱みを握られてるのでは?と心配するのですが…。
なんと、ハイド氏の正体とは、ジキル博士が『薬を飲んで変身した』、もう1つの姿だったのです…と言うお話。



さて。思ったこと。
ああ、若い。
若いのだ、このジキル博士。

50歳。
ええ50歳なのです、この博士。
でもなんだろう。
ものすごく若い印象を受ける。
50になっても人は若いのです。
だがしかし、50という年齢で物語の主役を張るだけあって、
その50年に、一体何があったのか、ものすごく気になります。

ヘンリー・ジキル博士は、裕福な家庭に生まれ、
才能にも恵まれ、勤勉で、人々から好かれ、尊敬されるコトを好んでいる、
いわゆる恵まれた人間です。きっと、幸せだったのです。
でも、自分のもう一つの面を捨て去ることができませんでした。
すなわち、「快楽主義者」で、悪を愛する、もう1つの面です。

ジキル博士が、50過ぎになって、人生の地位や名誉を見回したときに、
どーしても自分の二重人格の面、「悪」の面が諦められないことに気づきます。
だけど、今まで積み重ねてきた、慈悲深く善的な自分を捨てるコトも出来ません。

分離できれば。
それを可能にしてしまったのが、博士が開発したお薬。
このお薬を使えば見た目は全く変わり、それまで抑圧していた『悪』の面を分離することが出来るのです。
見方を変えてしまえば、「ジキルとハイド」は、ドラッグをやって自滅する人間のお話なわけですが…
なんだかんだで、ジキルは、ハイドになって悪を楽しんでいるのです。



ここから下は私の受けた印象、ただの感想なので、
なんていうかたぶん一般論ではないと思いますが。

ハイドは醜い見た目をしており、パッと見ただけで、誰が見ても「コイツ悪い奴だな」と思われるような容貌をしております。
だけれども。なんだか、久しぶりに読んだら、ジキルのほうが悪い奴のように見えてくる。
奴は、自分の、嫌な面を、全部ハイドに押し付けてる。
ハイドを生み出したのはジキルなのに、ハイドを疎んでいる。
ハイドとして人を殺してしまった後に、それで償えるはずが無いのに、ジキルは慈善事業に力を入れる。

ハイドは生に執着します。生きたいと願います。
醜く、人を憎み、悪を愛し、産み親のジキルを憎みながら、生きたいと願います。
人間的にはそれが美しいと思うのです。

一方、ジキルは生きたいとは願っていません。
生に対する執着もわずか。そこだけは50過ぎのおじいさん。
ハイドが面倒くさくなって、「自殺しちゃおうかな~」とかすら思っております。
ハイドはそれを恐れています。体は一緒ですからね。
物語の後半、ジキルがジキルでいられる時間は、どんどん短くなっていきますが、
恐らくそれは、ハイドの生への執着の執念なのでは。

ジキルは、ハイドに意識を完全に乗っ取られる前に手紙を書きますが、
ハイドを道ずれに死のうとは一ミリも考えていないような気がします。

ハイドは、その見た目から「悪い奴だ」「諸悪の根源だ」「吐き気を催す邪悪」など言われていたり、
ジキルからも「猿より頭が悪い」「後先考えない」「控えに言ってもクソ」など、さんざんな言われようなんですが
実はハイド自身の言葉、告白というのは、この物語には出てきません。ハイドは手記は書いてないので。
ハイドがどんな人物だったかは、ジキルの自分勝手な手記からしか読み取ることしか出来ません。

さて。
この物語は、ハイドの自害によって終わります。
あんなにも生きたいと願っていたハイドなのに、
どうしようもなくなってしまって、自ら死を選ぶのです。

今、原書のそこを読み終わったところです。
主人公のアタソンは、ハイドの死体を一瞥しただけです。哀れみの言葉はありません。
物語は、次のシーンに進みます。ハイドの死体がぽつんと残ったまま。モブキャラの死のように。流れていきます。

哀れだなぁ。
ハイドは殺人者ですごい悪い奴なんだけど。
…哀れだなぁ。




とはいうものの、
次に読んだときは、本当にジキルが可哀相で可哀相で、
ホントにハイドという悪魔に騙されてるかわいそうな老人にも見えるし、
次に読んだときは「自業自得だろーーwwwwwwww」となってしまったりもする。

最初にも書きましたが、
この本、読むたびに感想がコロコロ感想が変わるのです。










それでは。

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