柿とタバコと死刑囚 <その2>


<その1はこちら>




次の日、俺はハッタリをかけることにした。
気のせいだと願いつつ。
出勤のときに早めに家を出て、忘れ物をした、と時間をかけて家に戻る。
簡単である。

月曜日の朝。
俺はスマホを充電器に刺したまま、仕事に出勤するために、家を出た。
その月曜日は、彼女も仕事のはずだった。
いつも俺が先に家を出て、あとに彼女が家を出ていた。

じゃあ、いってきます。
俺は彼女に挨拶をして、彼女に見送られて、家を出る。
共用の駐車場に行き、車にキーをさし、運転し、
近場のコンビニに行き、缶ジュースを1本買うと、
家に引き返した。
インターホンもならさず、いきなり鍵を開けてはいる。
彼女の靴はそこにあった。
俺は、何も言わずにリビングに入った。

はたして、彼女はそこにいた。
彼女は、髪をとかしている途中だった。
明らかにこちらを見て固まっている。
やってはいけないことをやったときの、子供のような。
いたずらが見つかった、猫のような、表情。
俺は、あらかじめ用意しておいた言葉を言った。

あ、ごめん。まだいたんだ。
今日仕事休みだったんだね。
彼女は、しばらく固まったあと、
う、うん、そうなの、ごめん、だまってて、今日休みなんだ、
と息をつくように、途切れ途切れに言葉を吐いた。

ごめん、家にまだ居るとは思わなくて、
忘れ物しちゃって、ほら、スマホ、充電器に指しっぱなし。
あはは、ドジだなぁ、
じゃあ、いってきます、
はい、今度こそ行ってらっしゃい。

俺は家を出て、もう1度車の運転席に座った。
ミラーの位置を直し、出発の準備をして、
頭痛を感じたように目を閉じる。
デート用にめかしこみ、ヘアをセットしている彼女が、
瞼の裏に現れる。





夜。
彼女は風呂に入っている。
俺はリビングで、彼女が敷いた布団を見ながら、
パソコンデスクの前に座っている。

ついに、俺はそれを決行することにした。
簡単なことだ。ノートパソコンについているウェブカメラ。
これをちょっとのあいだ、起動させておけば良い。あとは画面を録画しておくだけだ。
俺の出かけているあいだ。
なんのその、ほんの10時間ちょっとだ。
…だが、そんなに長い間、我が愛しのパソコンは、起動していてくれるだろうか?
試行錯誤しながら、スリープモードにしたり、スクリーンセーバをオフにしたりしていると、
やはり彼女というものはカンがいいもので、「なにしてるの」と聞いてくる。
実は、インストールに時間のかかるソフトがあってね、と適当なことを言う。
ちょっと上手くいかないんだ、と説明する。ふぅん、と彼女は興味のなさそうに答えた。
恐らく彼女は、俺にことなどまったく考えていないのだろうな、と感じた。

あまり使ったことのない機能だったが、準備は2,3日もたてば整った。
土日、俺は仕事に出かける前に、パソコンを起動したままにしておく。そして、録画ボタンを押しておく。
帰ってきたときに停止を押せば、簡易な監視カメラの出来上がりだ。
少しだけ罪悪感を感じたが、それはなにかの感情によって塗りつぶされた。
ここは、俺の部屋なのだ。

前日、俺は本当に何かのソフトをインストールして置いて、
彼女の前で「あれ、また停止しやがった」と、自分で停止ボタンを押しながら、2,3回呟いておいた。
今日の朝、俺がスーツを着て出かける前に、そっとパソコンの録画ボタンを押しておいた。
少しだけ、マウスを持つ手が震えた。
そして、彼女が部屋に居ない隙を見計らって、
ノートパソコンの画面自体に黒い防護シールを張っておく。

次の日の朝、土曜日、俺の出勤日、彼女の休日。
じゃあ、行っくるね。と声をかけると、
いってらっしゃい、と彼女は微笑んだ。
俺は一瞬、この女は、腹の中で何を考えているのだろうと思った。
なぜこんな笑顔が出来るのだろう?
行ってきます、と言って俺は、、録画ボタンの押された部屋を出た。

土曜日の夜の帰宅。
録画のし過ぎで挙動が重くなったパソコンをマウスでたたき起こす。
残念なことに、今日は彼女自身も出かけたらしく、
録画ファイルにはしんとした室内と、あとは帰宅した彼女がテレビを見る姿しか映されていなかった。
早送りをしながら、シーンを飛ばしながら、俺はなんだかエロ動画を見ている気分になった。
目当てのシーンが来るまでマウスでクリックする、あの動作。

日曜日。俺はもう一度パソコンをつけて、
また仕事に出かけることにした。
今日こそは。いや、何もないほうがいいのかもしれないのけれど。
いってらっしゃい。彼女が玄関まで見送ってくれる。
いってきます。
俺は、今日は彼女が念入りに化粧をしていることに気がついた。
気づかないふりをした。いってきます。





日曜日の夜、帰宅した。
おかえりなさい、と彼女が出迎える。
部屋が若干肌寒い。換気をしたのだろうか。
ただいま、と答えて、俺はスーツを脱ぐ。
彼女がトイレにたったスキに、俺はパソコンの録画ボタンを停止させ、
保存すると、すぐさまパソコンをシャットダウンした。

俺は部屋着に着替えて、ノートパソコンを持って自分の寝室に向かった。
彼女はいつも、読書と寝室専用のこの部屋に入ってこようとしない。
俺はいつも読書に使っている低い机にパソコンを置いて、
読書スタンドの電源を引っこ抜き、ノートパソコンの電源を挿して、起動させた。
動画を開き、再生カーソルを移動させながら、目当てのシーンがないか目を走らせる。

果たして、動画には、俺の家に、俺の部屋に、
知らない男の姿が移っていた。





俺はエロ動画を見るときのそれのように、ノートパソコンのイヤホンジャックにイヤホンを指した。
部屋のドアと対面になるようにテーブルに座り、
途中で母親が入ってきても気づけるように、画面を壁側に向ける。
もちろん、実家を出てからしばらくたったのだから、
エロ動画視聴中に母親が入ってくるなんて事はありえないのだが。

俺は注意深く再生カーソルを30分ほど移動させたり、また早送りしてみたり、
エロ動画閲覧で鍛えられた指の微調整を働かせた。耳を傾けて、音声も聞き取る。
ノートパソコンは、部屋の全てを映し出し、録画はしていなかった。
だが、俺の部屋の中に、彼女が見知らぬ男を連れてきたのはわかったし、
楽しそうにおしゃべりをしたり、お茶を出したりしたのも見えた。

そして、



俺は人類46億年の歴史に思いをはせた。
生命誕生のときから、俺の先祖に、一人として童貞は居ない。
それは彼女も同じで、かの見知らぬ男もそうだろう。
俺は、質の悪い隠し撮りAVを見た。
撮影セットは俺の部屋だ。笑えるだろう?
男が帰った後に、彼女は部屋の窓を開けて換気したり、
いつもは洗わないくせに、必死に二人ぶんのコップを洗ったり、
使用済みティッシュをゴミ箱に押し込んで消臭剤をかけたあと、
ゴミ出しに出かける姿を見届けた。
週末はいつも掃除がきちんと行き届いていたことを思い出した。

毎週。
毎週毎週。
毎週毎週毎週。


毎週。



俺は、質の悪いAVの再生ボタンを閉じた。
これはさすがに抜けねえわ。
そして、重い重い動画ファイルをゴミ箱につっこみ、
ほかに突っ込まれていた、エロ絵とかいらないフォルダと共に、ゴミ箱を空にした。
俺はパソコンをシャットダウンして、ノートパソコンを閉じて、
イヤホンを抜いて、きちんと縛ってポケットにしまって、
しばらくの間天井を眺めていた。

ずっとそうしていただろうか。
・・・君、おゆうごはんできたよ?と、部屋をノックする音が聞こえた。
今行くよ、と俺は立ち上がった。





俺は夕食を、いつものように、普通に食べた。
彼女はいつものように、今日のの昼間になにもなかったかのように、俺に話しかけてきた。
そう、こういうのはこれが初めてではないのだろう。
俺は何の感動もせずに、ごはんを咀嚼し、おかずを噛み砕き、味噌汁を飲み下し、
無邪気に話しかけてくる彼女に、いつものように、うん、とか ああ、とか返事をしながら、
実のところ、ずっと前から、俺はこの女が好きではなかったのだということに気づいた。

彼女がこの部屋にやってきたのは、いつのことだっただろう。
俺はあるがままを受け入れていた気がする。
彼女が、俺に好きだといったとき、俺はなんと答えたのだろう?
俺は、彼女に好きだといったことがあっただろうか。
いや、俺は彼女が一度でも、好きだったことがあるのだろうか?

その日は普通にごはんを食べ、当番の洗いものをし、
彼女はテレビを見、俺は本を読み、
一緒にゲームをしたり、談笑したり、
かわるがわるお風呂に入った。
寝る前に部屋で独りになって、スマホでエロ動画を見ようとして、
検索窓や新着をひとしきり眺めたあと、
何もする気にならず、

寝た。


<その3へつづきます>

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