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読書週間だから好きな短編小説紹介する2018 「死なない蛸/萩原朔太郎」


読書週間に毎日ガンガン本を紹介するシリーズ第三回。
短編って言うか、これは詩なんだろうか。
記憶している以上に短い物語(文庫本2ページ)だったので、本文そのままここに載せます。



死なない蛸/萩原朔太郎
(一部旧字体などの文字表記を変更)


ある水族館の水槽で、ひさしい間、飢えた蛸が飼われていた。
地下の薄暗い岩の影で、青ざめた玻璃天井の光線が、いつも悲しげに漂っていた。
だれも人々は、その薄暗い水槽を忘れていた。もう久しい以前に、蛸は死んだと思われていた。
そして腐った海水だけが、埃っぽい日ざしの中で、いつも硝子窓の槽にたまっていた。

けれども動物は死ななかった。蛸は岩影にかくれて居たのだ。
そして彼が目を覚ました時、不幸な、忘れられた槽の中で、幾日も幾日も、おそろしい飢餓を忍ばねばならなかった。
どこにも餌食がなく、食物が全く尽きてしまった時、彼は自分の足をもいで食った。
まずその一本を。それから次の一本を。それから、最後に、それがすっかりおしまいになった時、今度は胴を裏がえして、内臓の一部を食いはじめた。
少しずつ他の一部から一部へと。順々に。
かくして蛸は、彼の身体全体(からだぜんたい)を食いつくしてしまった。
外皮から、脳髄から、胃袋から。どこもかしこも、すべて残る隈なく。完全に。

ある朝、ふと番人がそこに来た時、水槽の中は空っぽになっていた。
曇った埃っぽい硝子の中で、藍色の透き通った潮水(しほみず)と、なよなよした海草とが動いていた。
そしてどこの岩の隅隅にも、もはや生物の姿は見えなかった。蛸は実際に、すっかり消滅してしまったのである。

けれども蛸は死ななかった。彼が消えてしまった後ですらも、尚且つ(なおかつ)永遠にそこに生きていた。
古ぼけた、空っぽの、忘れられた水族館の槽の中で。
永遠に――おそらくは幾世紀の間を通じて――あるものすごい欠乏と不満をもった、人の目に見えない動物が生きて居た。





萩原朔太郎。
彼に二つ名をつけるなら、
孤独の詩人、萩原朔太郎。
彼の詩は好きです。彼は詩人であり、小説家ではありません。
が、この短文の中の物語性よ。

もしかすると、現代のこの世のどこかの水族館の、どこかの水槽に、
ものすごい欠乏と不満を持った、目に見えない蛸が生きているのかもしれないのかと。
藍色の、海草だらけの、濁った水槽の中で。

この蛸はもしかすると、萩原朔太郎自身なのではないか。
凄まじい孤独の中で、自分を喰らいはじめ、そして残ってしまった、詩人の意識。
それは今の世に残っている、萩原朔太郎の詩、そのものなのではないかな、と。

誰もが彼が死んだと思っているかもしれないけれども。
ものすごい欠乏と不満を持った、詩人の意識が、人の目には見えない動物が、私のそばに生きているのではないか、と。

---

ある人に、私はこの『死なない蛸』が好きだ、と言いました。
彼女も、この詩が好きだといいました。教科書でやったことがある、と言っていた気がします。

また別の人に、萩原朔太郎の詩を紹介しました。
寂しい詩人だと、彼女は言いました。泣きそうになるぐらい、孤独の詩人だと。

その人たちは、もう私の傍にはいません。
もう私と関わってくれる事は二度とないでしょう。
最初から最後まで一人なら、人間は孤独ではありません。
他人の存在を知ってしまったとき、恐らく人は孤独を知るのです。

今年の四月、私は第46回 朔太郎忌「虹を追ふひと」の講演会に行ってきました。
その中で、偉い先生が、こういっていました。
「ネットやSNSが発達し、人といつでも繋がれるこの時代で、萩原朔太郎の時代の『孤独』を味わうことはできないだろう」と。

そんなことはないと、私は思います。
どこに行こうと、科学技術が発達しようと、どんな小細工をしようとも、
どうしようもなく、孤独な人間は、孤独なままです。



  桜/萩原朔太郎

桜のしたに人あまたつどひ居ぬ
なにをして遊ぶならむ。
われも桜の木の下に立ちてみたれども
わがこころはつめたくして
花びらの散りておつるにも涙こぼるるのみ。
いとほしや
いま春の日のまひるどき
あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。




(一応クソ適当に訳しておきます)

桜の下に人が集まっている。
彼らは何をしているのだろうか。
私も桜の木の下に立ってみたけれども、
花びらが散るのを見て涙が出てくるだけだ。
どういうことなのだろう、
今は春の日の真昼の時刻で、
悲しいものを見ているわけでもないのに。
そんな自分が惨めで、可哀想で、気の毒なのだ。
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